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	<title>雨寶山月輪寺　公式サイト &#187; 虚往実帰</title>
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	<description>大阪府堺市中区にある高野山真言宗の寺院｜散華｜歓喜天（聖天）｜堺市東区</description>
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		<title>空海の名言『性薫我を勧めて還源を思いとす』（10月5日）</title>
		<link>http://gachirinji.com/2016/10/05/%e7%a9%ba%e6%b5%b7%e3%81%ae%e5%90%8d%e8%a8%80%e3%80%8e%e6%80%a7%e8%96%ab%e6%88%91%e3%82%92%e5%8b%a7%e3%82%81%e3%81%a6%e9%82%84%e6%ba%90%e3%82%92%e6%80%9d%e3%81%84%e3%81%a8%e3%81%99%e3%80%8f%ef%bc%8810/</link>
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		<pubDate>Wed, 05 Oct 2016 13:25:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[gachirinji01]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[空海の名言]]></category>
		<category><![CDATA[岐に臨んで幾たびか泣く]]></category>
		<category><![CDATA[虚往実帰]]></category>
		<category><![CDATA[還源]]></category>

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		<description><![CDATA[この月輪寺公式ブログで、不定期連載している『空海の名言』。 前回は、『虚往実帰（きょおうじっき）』という言葉の背景にある歴史と典故（引用）を、前編と後編に分けて書きました。 『虚往実帰』は、空海が正式に出家後、唐で密教を [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://gachirinji.com/2016/10/05/%e7%a9%ba%e6%b5%b7%e3%81%ae%e5%90%8d%e8%a8%80%e3%80%8e%e6%80%a7%e8%96%ab%e6%88%91%e3%82%92%e5%8b%a7%e3%82%81%e3%81%a6%e9%82%84%e6%ba%90%e3%82%92%e6%80%9d%e3%81%84%e3%81%a8%e3%81%99%e3%80%8f%ef%bc%8810/"><img class="alignnone size-medium wp-image-3952" src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2016/10/df4a8bc1bce7cb73e281e37e16dc4d3f-300x268.jpg" alt="dsc08591r-%e3%82%b3%e3%83%94%e3%83%bc" width="300" height="268" /></a></p>
<p>この月輪寺公式ブログで、不定期連載している『空海の名言』。</p>
<p>前回は、『虚往実帰（きょおうじっき）』という言葉の背景にある歴史と典故（引用）を、<span style="text-decoration: underline;"><a href="http://gachirinji.com/2015/09/19/%e7%a9%ba%e6%b5%b7%e3%81%ae%e5%90%8d%e8%a8%80%e3%80%8e%e8%99%9a%e5%be%80%e5%ae%9f%e5%b8%b0%e3%80%8f%ef%bc%88%e5%89%8d%e7%b7%a8%ef%bc%89%ef%bc%889%e6%9c%8819%e6%97%a5%ef%bc%89/">前編</a></span>と<a href="http://gachirinji.com/2015/10/16/%e7%a9%ba%e6%b5%b7%e3%81%ae%e5%90%8d%e8%a8%80%e3%80%8e%e8%99%9a%e5%be%80%e5%ae%9f%e5%b8%b0%e3%80%8f%ef%bc%88%e5%be%8c%e7%b7%a8%ef%bc%89%ef%bc%8810%e6%9c%8816%e6%97%a5%ef%bc%89/"><span style="text-decoration: underline;">後編</span></a>に分けて書きました。<br />
『虚往実帰』は、空海が正式に出家後、唐で密教を受法したことに関わる言葉でした。</p>
<p>今回は、<span id="more-3942"></span>『性薫（しょうくん）我を勧めて還源（げんげん）を思いとす。経路（けいろ）未だ知らず　岐（ちまた）に臨んで幾たびか泣く。』という言葉を取り上げたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>１　暗中模索した若き日の空海とは？</p>
<p>今回の言葉は、出家前の空海の苦悩を表すものです。より正確に言うと、晩年に空海が若き日の自分を振り返り、唐に渡る前の状況や心情を述べたものです。</p>
<p>前回の『虚往実帰』との関連で言うと、『虚往』の二字に込められた、暗中模索した時期の心情を振り返った言葉と言えるでしょう。</p>
<p>弘法大師空海は、誰が見てもスーパーマンのような人だと思います。私たちから見ると、弘法大師空海は偉大すぎて、苦悩と無縁だったようにも感じてしまいます。</p>
<p>とりわけ入定後、超人離れした伝説なども付加され、仏・僧としての弘法大師は強調され、人として空海は、より一層見えにくくなりました。</p>
<p>このような中で、今回取り上げる言葉は、空海の若き日の苦悩に触れる、数少ない言葉の一つだと言えるでしょう。</p>
<p>もちろん、後世の人が、ましてや偉人の苦悩に近づくには、いろいろな意味で限界があるでしょう。</p>
<p>しかし、今回取り上げる言葉や、その言葉の背景にある歴史的事実から、入唐前に空海が歩んだ暗中模索の日々を知ろうと努めることは、空海の名言を今後知ってゆく上で避けては通れないことのように感じます。</p>
<p>そのため、今回（そして次回も）は、暗中模索した若き日の空海に迫りたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>２　『性薫我を勧めて還源を思いとす。経路未だ知らず。岐に臨んで幾たびか泣く。』</p>
<p>前置きが長くなってしまいました。<br />
では、今回の名言を見ていきたいと思います。</p>
<p>先に、読み方や意味などを確認します。</p>
<p>『性薫（しょうくん）我を勧めて還源（げんげん）を思いとす。経路（けいろ）未だ知らず　岐（ちまた）に臨んで幾たびか泣く。』（注１）</p>
<p>『性薫（しょうくん）』とは、『誰にでも備わっている本来の仏こころ』を指し、<br />
『還源（げんげん）』とは、『本源に還る』という意味です。<br />
『岐（ちまた）』は、『分かれ道』のことです。</p>
<p>全体では、『私の中の生まれながらに備わっている本来の仏こころが動き出して、本源に還りたいとの思いを強く抱くようになった。しかし、どの道に進むべきか分からず、分かれ道を目の前にして何度泣いたことだろう。』といった意味になります。</p>
<p>強く望んでいる『本源に還る』こととは、本源的な秩序、迷いのない覚り澄ました世界に還っていくことであり、悟りを得ることと同義であるとされています（注２）。</p>
<p>この一節から、空海は、全ての人は、もともとこの覚醒した悟りの世界に帰属していたが、心の無明に惑わされて迷いの中にいる、と考えていたことが分かります。</p>
<p>空海は、無明により曇っていた心が晴れて、もともとの仏のこころが動き始めるきっかけになった強烈な経験をした、とされています。この強烈な神秘体験に関しては、次回取り上げたいと思います。</p>
<p>空海の中にある、もともとの仏のこころが空海に対して、澄んだ悟りの世界に還ろうと勧めるけれども、当の空海はその道が分からずに何度も泣いた、というのです。</p>
<p>もちろん、空海が本源へと還る道と考えたのは、今でいう密教です。</p>
<p>しかし、当時、我が国には、密教経典は入ってきていたものの、系統だって持ち込まれたものではありませんでした。さらに、密教という概念すらなかったともされています。</p>
<p>その状況の空海の思いたるや、どのようなものだったのでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その状況の空海の心情を察する一つのエピソードがあります。</p>
<p>空海が、後に唐から持ち帰った経典は、そのほぼ全てが当時の日本になかったものでした。（注３）</p>
<p>つまり、空海は、入唐前に日本にある経典とをほとんど把握していたことになります。</p>
<p>ちなみに、空海よりも前に中国から戻ってきた玄昉（げんぼう）が持ち帰った仏典だけでも5000巻を超えています。</p>
<p>皆さんなら、この事実から、空海の心情をどのように解釈しますか？</p>
<p>この事実を、多くの識者が、空海の偉大さに焦点を当てて論じているように感じます。</p>
<p>確かに、空海が日本にすでに伝来している経典を整理した上で、唐に渡られたことは、後の平安仏教の確立に寄与します。</p>
<p>しかし、それは結果であって、当の空海ご本人から見ると、その結果に至る地道な過程は、「道が分からずに、何度も泣いた」以外のなにものでもなかったのです。ちなみに、日本にあったあらゆる仏典を探し、整理し続けた日々は、少なくとも24歳から31歳の7年間以上であることを知ると、少しリアリティをもって捉えることができるように思います。</p>
<p>さらに空海は、「悲しい」という表現はよく用いていますが、「泣く」という表現は、ここでしか用いられていません。</p>
<p>となると、「悲しい」といった日頃用いる表現ではなく、「泣く」という全く使ってこなかった言葉でしか表現し得なかったお気持ちがあったと推察できます。</p>
<p>ここでの「泣く」という言葉は、私たちが日常用いる「泣く」ではなく、空海にとって格別に重い表現であることを忘れてはいけないのでしょう。</p>
<p>この「泣く」には、悟りを求める血を吐くような思いが込められているという識者もいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>『性薫我を勧めて還源を思いとす。経路未だ知らず　岐に臨んで幾たびか泣く。』</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>空海は、この言葉にどのような思いを込め、私たちに何を伝えたかったのでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この言葉に、人としての空海の苦悩を感じ、空海を身近に感じた方もおられるでしょう。</p>
<p>この言葉を、空海からの励ましの言葉と受け止める方もいらっしゃるかもしれません。</p>
<p>この言葉に秘められた歴史的事実を知って、空海の凄みを再認識された方もいらっしゃるかもしれません。</p>
<p>はたまた、密教受法に至る、血を吐くような過程に思いを馳せる方もいらっしゃるでしょう。</p>
<p>皆さんは、空海が遺したこの名言を、どのようにお感じになりましたか？</p>
<p>さて、次回は、空海の中にあった仏こころが動き始めるきっかけになった強烈な体験を、空海の名言とともに取り上げたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>副住職　樫本叡学</p>
<p><a href="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2016/10/DSC08583.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-3956" src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2016/10/DSC08583-300x199.jpg" alt="dsc08583" width="300" height="199" /></a></p>
<p>注１　読み方は、『定本弘法大師全集』に従っています。性薫（せいくん）、岐（みち）と読む場合もあります。<br />
注２　羽毛田義人『空海密教』1999　春秋社<br />
注３　空海は、仏典216部461巻持ち帰りましたが、一説には重複は4部であったとされています。</p>
<p>→<a href="http://gachirinji.com/2015/09/19/%e7%a9%ba%e6%b5%b7%e3%81%ae%e5%90%8d%e8%a8%80%e3%80%8e%e8%99%9a%e5%be%80%e5%ae%9f%e5%b8%b0%e3%80%8f%ef%bc%88%e5%89%8d%e7%b7%a8%ef%bc%89%ef%bc%889%e6%9c%8819%e6%97%a5%ef%bc%89/">空海の名言『虚往実帰』（前編）</a></p>
<p>→<a href="http://gachirinji.com/2015/10/16/%e7%a9%ba%e6%b5%b7%e3%81%ae%e5%90%8d%e8%a8%80%e3%80%8e%e8%99%9a%e5%be%80%e5%ae%9f%e5%b8%b0%e3%80%8f%ef%bc%88%e5%be%8c%e7%b7%a8%ef%bc%89%ef%bc%8810%e6%9c%8816%e6%97%a5%ef%bc%89/">空海の名言『虚往実帰』（後編）</a></p>
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		<item>
		<title>空海の名言『虚往実帰』（後編）（10月16日）</title>
		<link>http://gachirinji.com/2015/10/16/%e7%a9%ba%e6%b5%b7%e3%81%ae%e5%90%8d%e8%a8%80%e3%80%8e%e8%99%9a%e5%be%80%e5%ae%9f%e5%b8%b0%e3%80%8f%ef%bc%88%e5%be%8c%e7%b7%a8%ef%bc%89%ef%bc%8810%e6%9c%8816%e6%97%a5%ef%bc%89/</link>
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		<pubDate>Fri, 16 Oct 2015 13:51:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[gachirinji01]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[空海の名言]]></category>
		<category><![CDATA[荘子]]></category>
		<category><![CDATA[虚往実帰]]></category>
		<category><![CDATA[貴船菊]]></category>

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		<description><![CDATA[この月輪寺公式ブログで、不定期連載している『空海の名言』。 今回のテーマは、『虚往実帰』の後編です。 前編では、『虚往実帰』という言葉が持つ歴史について述べました。 後編では、「典故（てんこ）」を踏まえて、書いていきたい [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://gachirinji.com/2015/10/16/%e7%a9%ba%e6%b5%b7%e3%81%ae%e5%90%8d%e8%a8%80%e3%80%8e%e8%99%9a%e5%be%80%e5%ae%9f%e5%b8%b0%e3%80%8f%ef%bc%88%e5%be%8c%e7%b7%a8%ef%bc%89%ef%bc%8810%e6%9c%8816%e6%97%a5%ef%bc%89/"><img class="size-medium wp-image-1503" src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2015/09/DSC06842-267x300.jpg" alt="『虚往実帰』（樫本智照）" width="267" height="300" /></a></p>
<p>この月輪寺公式ブログで、不定期連載している『空海の名言』。</p>
<p>今回のテーマは、『虚往実帰』の後編です。</p>
<p><a href="http://gachirinji.com/2015/09/19/%e7%a9%ba%e6%b5%b7%e3%81%ae%e5%90%8d%e8%a8%80%e3%80%8e%e8%99%9a%e5%be%80%e5%ae%9f%e5%b8%b0%e3%80%8f%ef%bc%88%e5%89%8d%e7%b7%a8%ef%bc%89%ef%bc%889%e6%9c%8819%e6%97%a5%ef%bc%89/" target="_blank">前編</a>では、『虚往実帰』という言葉が持つ歴史について述べました。</p>
<p>後編では、「典故（てんこ）」を踏まえて、書いていきたいと思います。</p>
<p><span id="more-1583"></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>１．典故とは？</p>
<p>「典故」とは、「文章を書く際のよりどころとなる古典の文句」のことです。<br />
簡単に言うと、「引用」のことです。</p>
<p>例えば、私が、何かを成し遂げた時に、「初めて自分で自分をほめたいと思います。」と申し上げると、皆さんは瞬時に、アトランタ五輪の女子マラソンで銅メダルを獲った有森裕子選手のことを連想されると思います。</p>
<p>詳しい方は、有森選手が一大会前のバルセロナ五輪以降、選手として大切な足の手術をしたことや、スランプに陥ったことなど、決して順風満帆ではなかった２大会連続メダルまでの道のりを連想されるかもしれません。</p>
<p>この例えは古典ではないですが、このように先達の古典の文句を引用することを、「典故を踏む」と言います。</p>
<p>この典故で大切なのは、<span style="text-decoration: underline;">引用元の古典の背景と、当の文章の流れの重なり</span>です。<br />
すなわち、先ほどの例えで申し上げると、有森さんの苦悩、努力、歓喜を連想して、当の文章と重ねて感じ取ることが大切になります。</p>
<p>儒学の重要古典をマスターしていた弘法大師空海の文章には、このような典故が多用されています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>２．『荘子』の中の『虚往実帰』</p>
<p>空海が恵果和尚に関して述べた『虚往実帰』というお言葉にも、引用元があります。（注１）</p>
<p>引用元は『荘子（徳充符）』で、王駘（おうたい）という人についての物語です。（注２）<br />
物語は、以下のように展開します。</p>
<p>中国の魯（ろ）という国には、王駘という人がいました。<br />
その人は、足を切られた受刑者でしたが、その人に教えを請う人が絶えません。</p>
<p>孔子の弟子が、孔子に対して、王駘のことを尋ねます。<br />
すると孔子は「自分も将来、王駘を先生として教えを請いたいのだ。」と打ち明けました。<br />
また、孔子は、王駘の心のありようについて、静かに澄んだ水面のようであり、永遠に無くならない絶対自由の世界を心の中に持っていると、その徳の高さを讃美します。<br />
そして、「そのような聖人であるからこそ、その人から学ぼうと、方々から人々が集まり、正しく導かれて帰ってゆくのです。」と語ります。（注３）</p>
<p>このような『荘子（徳充符）』の王駘の物語の中で、『虚往実帰』という言葉が用いられています。（注２）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>３．典故から読み取れる『虚往実帰』の意味</p>
<p>つまり、『荘子（徳充符）』の中の『虚往実帰』には、「行きは不安で虚しい気持ちであったが、帰りは満ち足りている」という意味以外に、</p>
<p style="padding-left: 30px;">①儒家の始祖の孔子ですら教えを請いたいと思うほどの聖人に対して用いられた言葉であること</p>
<p style="padding-left: 30px;">②その聖人である王駘は、真に道を体得し、静かに澄んだ水面のような心をしていたこと</p>
<p>という二つの意味合いが含まれていることが分かります。</p>
<p>弘法大師空海は、恵果和尚を王駘と重ね、王駘に教えを請おうと方々から集まった人々に自分自身を重ね、この『虚往実帰』という言葉を用いました。</p>
<p>恵果和尚というとてつもなく偉大な聖人に出逢い、その方の静かに澄んだ水面のような心に、正しく導かれて満ちて帰国します。</p>
<p>『虚往実帰』という四文字には、恵果和尚という真に仏道を体得した人の心のありようや、その偉大さをも表現されていると言えるでしょう。</p>
<p>典故というのは、書き手が四文字で記した事柄を、読み手も四文字で読み取らなければならないものです。<br />
そのため、典故を言葉を尽くして解説することは、野暮なことかもしれません。</p>
<p>しかし、典故に遡ろうとすることで、お大師さんのお気持ちやお考えに、より近づけるようにも感じます。</p>
<p>『虚往実帰』は、たった四文字の言葉です。<br />
しかし、前編、後編通じて、ご説明してきたように、その言葉には、密教受法前後の空海の思いの移ろい、恵果和尚との不思議な巡り合わせやそのことに対する感謝、恵果和尚の心のあり様や偉大さなど、多くの意味が含まれています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>４．『虚往実帰』というお言葉に思うこと</p>
<p>さて、前編では史実に基づいて、後編では典故に基づいて、『虚往実帰』の意味を見てきました。</p>
<p>ここから述べることは、私が『虚往実帰』というお言葉に感じたことです。</p>
<p>明確な論拠があるわけではありませんが、思うところを少し述べたと思います。</p>
<p>私たちは、ついつい『実帰（満足して帰る）』ことに重きを置きがちです。<br />
仕事にしても、恋愛にしても、子育てにしても、老後や人生にしても、『満ちている』事実にばかり目を奪われ、それ以外のところには目を背けがちです。<br />
これまでの説明も無意識的に、『実帰』を強調した内容になっているように感じます。</p>
<p>しかし、『虚往（虚しく往く）』という言葉が付け加わり、四文字の言葉になっていることに着目しなくてはいけません。</p>
<p>『虚』は、「虚しい」、「空っぽの心」、「何も分からない状態」といった意味です。</p>
<p>お大師さんも、密教を受法して『実ちて帰る』までに、『虚しく往く』という不安で苦しい危険な道のりがありました。</p>
<p>『虚しく往く』道のりがあるからこそ、その先に不思議な法縁に恵まれ、『実ちて帰る』結果が生じる。</p>
<p>そのような励ましとも戒めとも取れるような意味も『虚往実帰』には含まれているような気がしてなりません。</p>
<p>みなさんは、『虚往実帰』という四文字に、どのような思いを映し出しているのでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ここまで、空海の名言『虚往実帰』を二回にわたって、ご説明いたしました。</p>
<p>また、このような形で、空海の名言について、住職の書とともに、この月輪寺公式ブログで不定期連載で書いていきたいと思います。</p>
<p>下の写真は、住職の色紙絵です。描かれているのは、今、境内で咲いている貴船菊です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>副住職　樫本叡学</p>
<p><a href="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2015/10/DSC07029.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-1584" src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2015/10/DSC07029-267x300.jpg" alt="DSC07029" width="267" height="300" /></a><br />
（注１）『荘子（徳充符）』では、「虚往実帰」を「虚而往、実而帰」と記されています。「而（しこうして）」は、「～して」という接続詞なので、意味は同じです。</p>
<p>（注２）「徳充符」とは、「徳に充ちたしるし」という意味で、「真に道を体得した人が、その高い心に相応しいものとして有する姿」を指すようです。（阿部吉雄『荘子』明徳出版社）</p>
<p>（注３）「明鏡止水」という言葉も、『荘子（徳充符）』で初めて用いられた、王駘の心のありようを表現した言葉です。</p>
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		<title>空海の名言『虚往実帰』（前編）（9月19日）</title>
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		<pubDate>Sat, 19 Sep 2015 08:00:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[gachirinji01]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[空海の名言]]></category>
		<category><![CDATA[書]]></category>
		<category><![CDATA[空海]]></category>
		<category><![CDATA[虚往実帰]]></category>

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		<description><![CDATA[堺市の月輪寺公式ブログで、今後、空海の名言について解説していきます。初回の今日は、虚往実帰。
この言葉には、密教受法に関する恵果和尚との不可思議な法縁や、空海の師への思いが込められています。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://gachirinji.com/2015/09/19/%e7%a9%ba%e6%b5%b7%e3%81%ae%e5%90%8d%e8%a8%80%e3%80%8e%e8%99%9a%e5%be%80%e5%ae%9f%e5%b8%b0%e3%80%8f%ef%bc%88%e5%89%8d%e7%b7%a8%ef%bc%89%ef%bc%889%e6%9c%8819%e6%97%a5%ef%bc%89/"><img class="alignnone size-medium wp-image-1503" src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2015/09/DSC06842-267x300.jpg" alt="DSC06842" width="267" height="300" /></a></p>
<p>この月輪寺公式ブログの中で、これから不定期連載で弘法大師空海の名言について書いていきたいと思います。</p>
<p>最初のテーマは、『虚往実帰』というお言葉です。<br />
非常に有名な言葉であるため、ご存じの方も多いかも知れませんが、30代前半の空海を知る上で、とても大切で、含蓄のある言葉ですので、二回に分けて書きたいと思います。</p>
<p>『虚往実帰（きょおうじっき）』とは、『むなしく往きて、満ちて帰る』と訓読します。</p>
<p><span id="more-1502"></span><br />
『行きは不安で虚しい気持ちであったが、帰りは満ち足りている』という意味で、『師から無形の感化を受ける例え』を表しています。</p>
<p>空海にとっての師とは、中国の唐で出逢った恵果和尚（けいかかしょう）を指します。<br />
804年（延暦23年）31歳の空海を乗せた遣唐使船は難波港を出発、約2か月後、九州の五島列島に再集結し、荒波にのまれながらも、さらにその1か月後、唐にようやく辿り着きました。<br />
四隻の船の内、空海と最澄を乗せた第一船と第二船のみが辿り着き、第三船は吹き戻され、第四船は行方不明となりました。</p>
<p>密教というと空海が平安時代に持ち帰ったものと考えられがちですが、奈良時代から、古密教と呼ばれる、体系化される前の密教が徐々に入ってきていました。<br />
若い日の空海も密教経典や密教の修法に触れたことが一つの契機となって、生きて戻れる保証のない危険な航海をしてまで、入唐したいと決意されました。</p>
<p>しかし、空海は、入唐前の段階では、どこの誰に会えばいいのか皆目検討もつきませんでした。<br />
「密教」という言葉すら知らなかったのではないかとも言われています（注１）。</p>
<p>入唐後、先に留学していた官僧からの情報もあり、青龍寺の恵果和尚のもとを訪れることになりますが、後に空海は、この師との出逢いを、人智を超えた存在によってなされた不可思議な法縁と解したようです（注２）</p>
<p>正統な密教の相承者であった恵果和尚は、空海との出逢いをとても喜び、千人もの弟子を差し置いて、空海に密教の全てを授けました。</p>
<p>その後、４か月経たないうちに、恵果和尚は、病状が悪化し、逝去されました。</p>
<p>このような密教が空海へと受け継がれた一連の過程を知るとき、誰しもが空海が感じたであろう不思議な法縁を、少し感じ取れるような気がします。</p>
<p>『日本から来るときは不安が付きまとう旅でありましたが、恵果和尚との出逢いのおかげで、密教を余すことなく受法でき、満ち足りた気持ちで我が国に帰ります。』</p>
<p>『虚往実帰』には、このような密教の受法に関する、空海と恵果和尚の不思議な巡り合わせや、恵果和尚の人柄に対する空海の思いなどが込められていると言えるでしょう。</p>
<p>ここまで空海の入唐の旅の過程を見ながら、『虚往実帰』の意味を考えてきました。<br />
後編では、『虚往実帰』の典故について見ていきたいと思います。</p>
<p>なお、写真は、住職の書です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>副住職　樫本叡学</p>
<p>（注１）武内孝善『空海はいかにして空海となったか』角川選書<br />
（注２）高木訷元『空海　生涯とその周辺』吉川弘文館</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>→<span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;"><a href="http://gachirinji.com/2015/10/16/%e7%a9%ba%e6%b5%b7%e3%81%ae%e5%90%8d%e8%a8%80%e3%80%8e%e8%99%9a%e5%be%80%e5%ae%9f%e5%b8%b0%e3%80%8f%ef%bc%88%e5%be%8c%e7%b7%a8%ef%bc%89%ef%bc%8810%e6%9c%8816%e6%97%a5%ef%bc%89/">空海の名言『虚往実帰』（後編）</a></span></p>
<p>→<span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;"><a href="http://gachirinji.com/2016/10/05/%e7%a9%ba%e6%b5%b7%e3%81%ae%e5%90%8d%e8%a8%80%e3%80%8e%e6%80%a7%e8%96%ab%e6%88%91%e3%82%92%e5%8b%a7%e3%82%81%e3%81%a6%e9%82%84%e6%ba%90%e3%82%92%e6%80%9d%e3%81%84%e3%81%a8%e3%81%99%e3%80%8f%ef%bc%8810/">空海の名言『性薫我を勧めて還源を思いとす。経路未だ知らず。岐に臨んで幾たびか泣く。』</a></span></p>
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