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	<title>雨寶山月輪寺　公式サイト &#187; 郷学校</title>
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	<description>大阪府堺市中区にある高野山真言宗の寺院｜散華｜歓喜天（聖天）｜堺市東区</description>
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		<title>小学３年生の総合学習（7月5日）</title>
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		<pubDate>Fri, 05 Jul 2024 13:25:04 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[活動]]></category>
		<category><![CDATA[東陶器小学校]]></category>
		<category><![CDATA[総合]]></category>
		<category><![CDATA[郷学校]]></category>

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		<description><![CDATA[6月半ば、東陶器小学校３年生の子どもたちが「総合学習」の授業の一環でご来寺くださいました。 「総合学習」とは、正式名称は「総合的学習の時間」というもので、従来の科目の枠に囚われず、子どもたち自らが探究学習することを目的と [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://gachirinji.com/2024/07/05/%e5%b0%8f%e5%ad%a6%ef%bc%93%e5%b9%b4%e7%94%9f%e3%81%ae%e7%b7%8f%e5%90%88%e5%ad%a6%e7%bf%92%ef%bc%887%e6%9c%885%e6%97%a5%ef%bc%89/"><img src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2024/07/image0-1-300x224.jpg" alt="image0-1" width="300" height="224" class="alignnone size-medium wp-image-6729" /></a><br />
6月半ば、東陶器小学校３年生の子どもたちが「総合学習」の授業の一環でご来寺くださいました。<br />
「総合学習」とは、正式名称は「総合的学習の時間」というもので、従来の科目の枠に囚われず、子どもたち自らが探究学習することを目的とする授業です。<br />
毎年、春から半年ほどかけて行われているものです。<br />
<span id="more-6728"></span><br />
<a href="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2024/07/image1-1.jpg"><img src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2024/07/image1-1-300x225.jpg" alt="image1-1" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-6730" /></a><br />
例年は、春にお寺が学校に出張授業にうかがい、小学３年生全員に対して授業を行うのですが、今年は、３年生全員が月輪寺を訪れてくれました。<br />
全員と言っても、60名ずつ、２回に分けて授業を行いました。<br />
<a href="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2024/07/image2.jpeg"><img src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2024/07/image2-300x225.jpeg" alt="image2" width="300" height="225" class="alignnone size-medium wp-image-6731" /></a><br />
授業のテーマは、「月輪寺の歴史と東陶器小学校」についてです。<br />
とりわけ、明治5年（1872年）に東陶器小学校の前身の郷学校が月輪寺境内に開校したことについて毎年お話しします。<br />
<br />
東陶器小学校の歴史については、過去にも記事にいたしましたので、こちらをご覧ください。<br />
→<a href="http://gachirinji.com/2022/06/01/%e6%9d%b1%e9%99%b6%e5%99%a8%e5%b0%8f%e5%ad%a6%e6%a0%a1%e3%81%a8%e6%9c%88%e8%bc%aa%e5%af%ba%ef%bc%886%e6%9c%881%e6%97%a5%ef%bc%89/">「東陶器小学校と月輪寺」</a></p>
<p>今年の３年生の子どもたちも、一生懸命聞いてくれました。<br />
<br />
私たちは、教科書で歴史を学びます。<br />
しかし、その歴史教科書の中に、自分たちが生活する地域についての記載はほとんどありません。<br />
お寺がある地域も、教科書には記載がありませんが、非常に歴史が深い地域です。<br />
<br />
月輪寺にも、行基菩薩開基と伝えられていること、江戸時代に寺子屋が開かれていたこと、明治期に小学校が開校されたこと、東陶器村出身者の戦没者位牌が祀られていること…など多くの歴史があります。<br />
<br />
地域の歴史などについて探究学習することによって、教科書で学ぶ歴史が、より重層的なものに感じられると思います。<br />
<br />
２学期になると、チームに分かれて、子どもたちの質問を主体とした授業が始まります。<br />
授業の様子や行事なども、<a href="https://www.instagram.com/gachirinji/">公式インスタグラム</a>で発信しておりますので、ぜひご覧ください。<br />
</br><br />
月輪寺住職　樫本叡学</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>東陶器小学校と月輪寺（6月1日）</title>
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		<pubDate>Wed, 01 Jun 2022 14:43:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[gachirinji01]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[活動]]></category>
		<category><![CDATA[古写真]]></category>
		<category><![CDATA[寺子屋]]></category>
		<category><![CDATA[東陶器小学校]]></category>
		<category><![CDATA[郷学校]]></category>

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		<description><![CDATA[昨日、東陶器小学校に出張授業に行って参りました。 今回は、小学３年生の皆さんに、「月輪寺の歴史と東陶器小学校」というテーマでお話をさせていただきました。 話を聞くばかりだとつまらないと思い、写真を多く用いたり、動画を用い [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://gachirinji.com/2022/06/01/%e6%9d%b1%e9%99%b6%e5%99%a8%e5%b0%8f%e5%ad%a6%e6%a0%a1%e3%81%a8%e6%9c%88%e8%bc%aa%e5%af%ba%ef%bc%886%e6%9c%881%e6%97%a5%ef%bc%89/"><img src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2022/06/IMG_8512-300x200.jpg" alt="IMG_8512" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-6553" /></a><br />
昨日、東陶器小学校に出張授業に行って参りました。<br />
今回は、小学３年生の皆さんに、「月輪寺の歴史と東陶器小学校」というテーマでお話をさせていただきました。<br />
<span id="more-6552"></span><br />
話を聞くばかりだとつまらないと思い、写真を多く用いたり、動画を用いたヴァーチャル参拝なども行いました。<br />
子どもたちには特にヴァーチャル参拝が好評だったようです。<br />
数多くの質問もしていただき、有難い限りです。<br />
<br />
弊寺では、寺報などを通じて、ゆかりが深い東陶器小学校の歴史をたびたびご紹介してまいりました。<br />
本日は、令和4年6月18日に創立150周年を迎える東陶器小学校の歴史について、古写真とともに書き記したいと思います。<br />
</p>
<p><strong>１.　和泉国第三区郷学校の創立</strong><br />
明治維新後になると、全国各地で、地域の有志によって「郷学校」を設立する機運が高まりました。<br />
月輪寺では、江戸末期から、本堂内の一室で、地域の子どもたちを対象に寺子屋が開かれていたこともあって、1872年（明治5年）に、月輪寺境内に「和泉国第三区郷学校」が設立されました。<br />
現在の東陶器小学校と西陶器小学校の両校は、月輪寺境内に設立された「郷学校」が母体となっています。<br />
<br />
当時の通学区域は、非常に広く、「北村、上之村、辻之村、見之山村、田園村、東山新田、福田村、高蔵寺村、岩室村、土佐屋新田、深坂村」でした。<br />
<br />
また、当時の郷学校校舎は、木造瓦葺の平屋でした。<br />
次の写真の中央にある建物が郷学校校舎です。<br />
<a href="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2022/06/082480775ba5206b89cf930b60e039ff.jpg"><img src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2022/06/082480775ba5206b89cf930b60e039ff-300x200.jpg" alt="郷学校校舎" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-6554" /></a><br />
当時の校舎は、今でいう古民家のような造りだったのでしょう。<br />
<br />
現在の境内の写真に郷学校校舎のイメージ図を重ねると、このような位置関係になります。<br />
<a href="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2022/06/d8ce0b7e9ab758c76e5ad8f7a3f15f281.jpg"><img src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2022/06/d8ce0b7e9ab758c76e5ad8f7a3f15f281-200x300.jpg" alt="基本 CMYK" width="200" height="300" class="alignnone size-medium wp-image-6568" /></a><br />
戦前の寺院規則の添付書類（昭和17年3月作成）にも、郷学校校舎として使われていたと思われる建物の間取りが次のように記されています。<br />
<a href="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2022/06/30b1b6c0e7f93c3e0589817a0b204a06.jpg"><img src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2022/06/30b1b6c0e7f93c3e0589817a0b204a06-300x213.jpg" alt="郷学校校舎間取り" width="300" height="213" class="alignnone size-medium wp-image-6556" /></a><br />
この間取りが、郷学校当時のままだとすると、主に大教室として機能していたのは、24畳の一室だったと考えられます。<br />
<br />
<strong>２.　学制発布と「小学校」</strong><br />
1872年（明治5年）8月2日に、学制が発布されると、全国各地の「郷学校」が「小学校」と順次改称しました。<br />
1873年（明治6年）5月、弊寺境内にあった和泉国第三区郷学校も「泉州10番小学」に、1875年（明治8年）5月には、番号制を改め、「北村小学」へと改称されました。<br />
この頃はまだ、「校長先生」という役職はなく、地域の名士が「学区取締」として任命され、就学の督励や運営費の管理など学事に関する一切の事務を担っていました。<br />
また、各地で小学校が新設されるにともない、通学区域も現在の校区に近いものになり、1877年（明治10年）の段階では、北村小学の校区は「北村、上之村、見之山村、福田村」となりました。<br />
<br />
<strong>３.　拡張移転から戦後</strong><br />
弊寺に小学校が置かれたのは、1872年（明治5年）から1881年（明治14年）の9年間です。<br />
お寺に小学校があった最後の年の全校児童数は、約100人。<br />
教員は２,３人だったようです。<br />
教室不足を補うために、本堂なども教室として用いられていたのかもしれません。<br />
<br />
そして、1881年（明治14年）4月、校舎が手狭になったこともあり、小学校は、東陶器村大字北676・677番地（現在の児童公園隣）に拡張移転されました。<br />
さらに1900年（明治33年）には、「東陶器尋常小学校」と改称されました。<br />
これ以降、小学校名に「東陶器」と冠するようになります。<br />
<br />
東陶器小学校150年の歴史の中で、1934年（昭和9年）には、新校舎の落成後まもなく、第一室戸台風で校舎が倒壊するという非運にも見舞われたこともありました。<br />
また、戦争の足音が近づいてくると、「小学校」は「国民学校」と名を変え、教育内容もその影響を受けました。<br />
<br />
檀家さんの中には、「校舎内に武器庫が設置され、授業も勤労奉仕が中心だったこと」、「空襲の警戒警報が鳴ると、５分以内に帰宅できる子どもたちは、即帰宅。帰宅できない子どもたちは、村田医院さんの裏の森に避難したこと」などを覚えている方もいらっしゃいます。<br />
<br />
戦後になると、第一次ベビーブームで教室不足に陥り、職員室を通常教室に転用したり、現在の児童公園に残されていた旧東陶器中学校の校舎を小学生用に用いたりしたようです。<br />
<a href="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2022/06/b5f52751ddbc194a47decfb20cc7ad83.jpg"><img src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2022/06/b5f52751ddbc194a47decfb20cc7ad83-300x208.jpg" alt="小学校俯瞰" width="300" height="208" class="alignnone size-medium wp-image-6557" /></a><br />
次の写真は、檀家さんの奥野俊雄さんからお借りしている1957年（昭和32年）頃の運動会のお写真です。<br />
<a href="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2022/06/24ac48cff1d2d7197f23a589d30a4326.jpg"><img src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2022/06/24ac48cff1d2d7197f23a589d30a4326-300x200.jpg" alt="東陶器小学校（昭和32.10.07）" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-6560" /></a><a href="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2022/06/e35badbcc95012e9c5f1a6dcaf8b536a.jpg"><img src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2022/06/e35badbcc95012e9c5f1a6dcaf8b536a-300x200.jpg" alt="東陶器小（昭和30年代）" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-6558" /></a><a href="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2022/06/67a646a849e191f518622aa7e0950ed1.jpg"><img src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2022/06/67a646a849e191f518622aa7e0950ed1-300x133.jpg" alt="東陶器小学校（昭和30年代）" width="300" height="133" class="alignnone size-medium wp-image-6559" /></a><br />
写真には、1928年（昭和3年）に建てられた木造の講堂なども写っています。<br />
60代以上の方にとって、講堂は、学校のシンボル的な存在だったようです。<br />
</br><br />
さて今回は、古写真とともに、郷学校から戦後までの東陶器小学校の歴史について、簡単にまとめました。<br />
<br />
150年の歴史を振り返ると、多くの困難もあったことと思います。<br />
郷学校の設立にしても、明治期の拡張移転にしても、戦後混乱期からの復興にしても、「地域の子どもたちのための学校」を合言葉に、地域の方々や教職員の皆さんが一丸となって乗り越え、その先に、「今」の学校があるのだろうと思います。<br />
<br />
小学校は、令和に入り、新築移転された後も、歴史を紡ぎ続けています。<br />
木造平屋の校舎に通った世代、講堂があった小学校に通った世代、鉄筋コンクリートの校舎に通った世代、新築校舎に通っている世代。<br />
各世代によって、小学校の心象風景は異なるでしょうが、それぞれが通った母校の歴史は、今後も語り継がれ、大切にされるべきものだと感じます。<br />
<br />
今回の「総合」の授業では、子どもたちは、一年を通じて地域のことを学んだあとに、発表をするそうです。<br />
今回の３年生の皆さんも、一生懸命お話を聞き、いっぱいメモを取ってくださいました。<br />
子どもたちが、いつの日か、次の世代に地域の歴史を語り継いでいってくれたらと思います。<br />
<br />
授業をした日から、小学３年生の子どもたちが、何人もお寺に遊びに来てくれました。<br />
境内ではしゃいで遊ぶ子どもたちを見ていると、次の世代の子どもたちも笑顔でいられるように、来るべき次の節目に向けて、私たちもやるべきことは多いように感じます。<br />
</br></p>
<p>住職　樫本叡学</p>
]]></content:encoded>
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		<title>PTA役員さんご来寺（12月5日）</title>
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		<pubDate>Sun, 05 Dec 2021 05:32:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[gachirinji01]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[活動]]></category>
		<category><![CDATA[寺子屋]]></category>
		<category><![CDATA[東陶器小学校]]></category>
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		<category><![CDATA[郷学校]]></category>

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		<description><![CDATA[境内の銀杏は黄葉し、黄色のシルエットだけみると、去年のようになんとなくハートの形になっています。 冬号の寺報記載のように、東陶器小学校・西陶器小学校の両小学校が来年創立150周年を迎えます。 いずれの小学校も、弊寺に明治 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://gachirinji.com/2021/12/05/pta%e5%bd%b9%e5%93%a1%e3%81%95%e3%82%93%e3%81%94%e6%9d%a5%e5%af%ba%ef%bc%8812%e6%9c%885%e6%97%a5%ef%bc%89/"><img src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2021/12/IMG_6974-300x200.jpg" alt="IMG_6974" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-6513" /></a><br />
境内の銀杏は黄葉し、黄色のシルエットだけみると、去年のようになんとなくハートの形になっています。<br />
<span id="more-6512"></span><br />
冬号の寺報記載のように、東陶器小学校・西陶器小学校の両小学校が来年創立150周年を迎えます。<br />
いずれの小学校も、弊寺に明治５年（1872年）に開校した和泉国第三区郷学校が原点となっています。<br />
<br />
両小学校ともに、PTAの役員さんが中心となって、150周年記念誌の発行に向けて資料収集などに取り組んでいらっしゃいます。<br />
<br />
先日は西陶器小学校の役員さんが、本日は東陶器小学校の役員さんがご来寺して下さいました。<br />
<a href="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2021/12/PC050224.jpg"><img src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2021/12/PC050224-300x200.jpg" alt="PC050224" width="300" height="200" class="alignnone size-medium wp-image-6514" /></a><br />
月輪寺にかつてあった郷学校舎の写真などを見ながら、お寺や郷学校ついてお話をしました。<br />
上の写真は、東陶器小学校の役員さんとのお写真。<br />
（西陶器小学校の役員さんとのお写真は、撮り忘れてしまいました。）<br />
<br />
私たちは、小学生の頃から日本の歴史について学びます。<br />
地域の歴史についても、総合学習のような形で学びました。<br />
陶器という地域は、歴史が古く、陶邑に始まり、中世の陶器城、近世の陶器藩、そして今に至るまで、その名を歴史に刻んできました。<br />
<br />
しかし、自戒を込めて申し上げるなら、教科書の内容は理解していても、地域の歴史については、その価値が見過ごされ、後回しにされてきたように感じます。<br />
また、地域の歴史的史料は、一元的な保管がされていないので、時代とともにどうしても散逸されやすいように感じます。<br />
陶器という地域が、教科書で誰しもが学ぶヤマト王権や幕藩体制と深い関係にあったにもかかわらずです。<br />
<br />
身近な地域の歴史について、節目節目で振り返り、先達の想いも含めてその歴史を書き留めていくことこそ、今後より一層大切になるのかもしれません。<br />
そういった意味で、このたびの両校のPTA役員さんによる記念誌編纂の試みは、とても有意義で、50年先に「陶器」を引き継ぐ上でも大切な史料になると思います。<br />
<br />
月輪寺でも、引き続き、寺報などで身近な地域の歴史についても定期的に発信したいと思います。<br />
<br />
今回はご来寺下さり、ありがとうございました。<br />
</br></p>
<p>住職　樫本叡学</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>小学生からの手紙（3月5日）</title>
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		<pubDate>Fri, 05 Mar 2021 05:19:36 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[生きもの]]></category>
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		<description><![CDATA[先日、東陶器小学校の３年生からお手紙がたくさんが届きました。 それぞれのクラスから、お手紙の冊子が三冊。 それぞれに思い思いの絵も書き添えられています。 「昔の東陶器」のことを調べる授業で、月輪寺に関する、子どもたちの質 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://gachirinji.com/2021/03/05/%e5%b0%8f%e5%ad%a6%e7%94%9f%e3%81%8b%e3%82%89%e3%81%ae%e6%89%8b%e7%b4%99%ef%bc%883%e6%9c%885%e6%97%a5%ef%bc%89/"><img src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2021/03/b606d3e8e4d91a5494e282499695a072-300x199.jpeg" alt="小学３年生からの手紙" width="300" height="199" class="alignnone size-medium wp-image-6369" /></a><br />
先日、東陶器小学校の３年生からお手紙がたくさんが届きました。<br />
それぞれのクラスから、お手紙の冊子が三冊。<br />
それぞれに思い思いの絵も書き添えられています。<br />
「昔の東陶器」のことを調べる授業で、月輪寺に関する、子どもたちの質問に答えたことに対するお礼の手紙です。<br />
<span id="more-6367"></span><br />
子どもたちから寄せられる質問は、素朴なものですが、こちらも勉強になることが多々あります。<br />
<br />
例えば、このような質問が寄せられました。<br />
<br />
月輪寺には、（明治５年、境内に東陶器小学校の前身・和泉国第三区郷学校が創設されましたが）その当時は、校長先生みたいな人はいたのですか？<br />
<br />
大人でも、明治初頭に「校長」という立場の先生がいたのかどうかわかる人は少ないのではないでしょうか。<br />
というよりも、校長先生という先生が学校に一人いることが当たり前になっている今となっては、このような疑問を持つことも少ないかもしれません。<br />
<br />
この他にも、明治初頭の郷学校について、「何学年まであったのか」という教育制度的な質問から、「お寺にあった学校は何クラスだったのか」という質問など、鋭い質問が多く寄せられました。<br />
<br />
よい質問をしてくれたので、答えるほうもきちんと応えたいと思い、堺市の初等教育の歴史に関する書籍や東陶器小学校の歴史をまとめた本などを参考に回答をしました。<br />
<br />
また、今年の秋（10月）、冬（12月）発行の寺報で、子どもたちとのやり取りの中で調べた内容などをご紹介できればと思います。<br />
<a href="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2021/03/9a2c658dd382bd9114864d358d853acf.jpeg"><img src="http://gachirinji.com/wp-content/uploads/2021/03/9a2c658dd382bd9114864d358d853acf-300x199.jpeg" alt="枝垂れ梅とメジロ" width="300" height="199" class="alignnone size-medium wp-image-6368" /></a><br />
境内では、枝垂れ梅が終わり、八重の紅梅や侘助などの椿が咲いています。<br />
花の蜜を好むメジロの鳴き声が賑やかです。<br />
</br><br />
住職　樫本叡学</p>
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